横浜地方裁判所 昭和43年(行ウ)5号 判決 1971年8月06日
横浜市鶴見区市場町一、六六七番地二
原告
株式会社 東洋物産
右代表者代表取締役
趙客
右訴訟代理人弁護士
高林茂男
同
小林嗣政
右高林訴訟復代理人弁護士
土田敏男
同市同区鶴見一、〇七一番地
被告
鶴見税務署長 小春登一
右指定代理人
中村勲
同
豊島徳二
同
帯谷政治
同
鈴木勇
同
掛札清一郎
同
中川謙一
右当事者間の昭和四三年(行ウ)第五号法人税課税処分取消請求事件、同第六号行政処分取消請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者双方の求める裁判
一、原告
「被告が原告に対してなした(一)昭和四一年一〇月二七日付原告の昭和三九年一〇月一日から昭和四〇年九月三〇日までの事業年度分以降の青色申告書提出承認の取り消し処分(二)昭和四一年一〇月二八日付原告の昭和三九年一〇月一日から昭和四〇年九月三〇日までの事業年度分(確定)法人税についての更正決定処分はいずれもこれを取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求める。
二、被告
「主文と同旨。」の判決を求める。
第二原告の請求原因
一、原告は肩書地において、土木、建築の設計ならびに施行請負等を業とする株式会社であり、かねてから法人税の申告につき青色申告書提出の承認を受けていたものであるが、被告は、昭和四一年一〇月二七日付鶴法第一一一号通知書をもつて、原告に対し、原告に対する青色申告書提出の承認は、法人税法一二七条第一項三号に掲げる事実に該当することを理由として、昭和三九年一〇月一日から昭和四〇年九月三〇日までの事業年度以降これを取り消す旨の処分を通知した。
二、そして被告は、原告がさきに被告に対して提出した昭和三九年一〇月一日から昭和四〇年九月三〇日までの事業年度分の法人税青色申告書を青色申告書以外の申告書とみなし、昭和四一年一〇月二八日付をもつて、原告に対し、原告の右事業年度分の所得金額を金五五九万六、六六七円、法人税額を金一八九万〇、七四〇円とそれぞれ更正したうえ、過少申告加算税金二万九、三五〇円、重加算税三九万九、〇〇〇円をそれぞれ賦課する旨決定し、そのころ原告に通知した。
三、しかしながら、原告には被告が前記所得税の青色申告書提出承認の取り消し事由として掲げる法人税法一二七条一項三号に該当する事実は全く存しない。すなわち被告は、後記第三被告の答弁および主張第四項掲記の事由をもつて右青色申告書提出承認の取消し事由の根拠としているが、右三六〇万円は原告が訴外重機土木株式会社からの工事代金の前渡金ないし仮受金として受領したものの原告の経理担当者の不手際から誤つて借入金として記入処理し、従つて、利息も付せねばならないとの誤つた考えから未払利息を計上したまでであつて、原告において故意に談合金として受領しながら借入金に記帳処理したものではない。よつて被告がなした法人税青色申告書提出の承認を取り消す旨の処分は無効であり、したがつて右処分を前提としてなした前記所得金額、法人税額についての各更正処分も無効である。
四、そこで原告は、右各処分につきいずれも昭和四一年一一月二六日被告に対して異議の申立をしたところ、被告は昭和四二年一月二七日これを棄却したので、原告はさらに同年二月一七日東京国税局長に対して審査請求をしたが、同年九月二九日いずれも棄却された。
五、よつて原告は被告に対して、被告がなした前記各処分の取り消しを求める。
第三被告の答弁および主張
一、請求原因第一項および第二項の事実はいずれも認める。
二、同第三項の事実は否認する。
三、同第四項の事実は認める。
四、被告がなした前記各処分はいずれも適法である。
原告は横浜市港北区鴨居町の宅地造成工事の受註に関し、訴外重機土木株式会社(以下「重機土木」という。)から、右受註に関する一切の権利を同社に譲渡した対価として、昭和四〇年二月一八日金三六〇万円(重機土木振出にかかる手形金二〇〇万円および一六〇万円の各一通宛)を受領しており、右手形金は原告の収入として計上すべきところ、原告はこれを重機土木からの借入金として仮装経理し、さらに決算期末において右金員に対する支払い利息金一〇万二、二四〇円を未払金勘定に架空計上した。
したがつて被告は、原告のなした右事実が法人税法一二七条一項三号にいう「その事業年度に係る帳簿書類に取引の全部又は一部を隠べいし又は仮装して記載し」たものに該るところから、同条一項に基づき原告に対し前記のとおり昭和三九年一〇月一日から昭和四〇年九月三〇日までの事業年度以降の青色申告書提出承認を取り消したものである。
五、さらに被告は、原告には前記のとおり仮装借入金三六〇万円、架空支払利息金一〇万二、二四〇円以上合計金三七〇万二、二四〇円があるほか次のとおり更正すべき項目および金額が合計金五五九万六、六六七円あつたため、右合計金三七〇万二、二四〇円については重加算税対象金額として、その余は過少申告加算税対象金額としてそれぞれ更正処分をなしたものである。
貸倒損否認 金 七万七、七五六円
認定利息 金 二万四、四二〇円
経費中否認 金九九万九、三二一円
たな卸計上もれ 金 五万円
交際費中否認 金三一万五、二〇〇円
繰越欠損金の損金算入否認 金四二万七、七三〇円
計 金五五九万六、六六七円
六、ところで右加算項目および金額のうち青色申告書提出承認の取り消しならびに更正決定処分および重加算税賦課決定の原因となつたものは雑収入計上もれとして金三六〇万円、支払利息否認として金一〇万二、二四〇円であり、右加算理由は前記のとおり、いずれも国税通則法六八条一項に規定する仮装又は隠べいしたところに基づいて申告がなされたものと認められたため、被告は右規定により、仮装隠べいにかかる右金額に対して適式な税額を算出のうえ原告に対し重加算税を賦課したものである。
七、原告は、原告が重機土木から交付を受けた金三六〇万円の帳簿処理について、単なる事務上のミスである旨主張するが、その経緯は次のとおりである。
(一) 訴外日鋼産業株式会社(以下「日鋼産業」という。)は、横浜市港北区鴨居町所在の土地について日本鋼管株式会社労働組合の組合員のための宅地造成工事を施行することとなり、昭和三九年春ころ日鋼産業と原告との間において、原告が右工事の下請をする旨の交渉が行われていた。
(二) 他方重機土木は、同じころ、その取り引き銀行である平和相互銀行川崎支店の支店長を通じて日鋼産業が右工事を施行することを知り、右支店長の紹介により昭和三九年秋ころ、右工事の下請をしたい旨日鋼産業に申し入れた。
(三) そこで日鋼産業は原告の工事経歴は未知であり、熊谷組の系列下にある重機土木のほうが下請として適当であると考え、同社に右工事を請負わせることにしたが、原告との関係を考慮して、重機土木の責任において原告を納得させるよう依頼し、右依頼に基づき重機土木は、原告と交渉のすえ、原告は右工事に関する一切の権利を重機土木に譲渡し、重機土木はその対価として金三六〇万円を原告に支払う旨の約定が成立した。右譲渡対価が決定されるに際しては、原告は当初重機土木に対して金三六〇万円を上廻る金額を要求し、当事者間において再三交渉が行なわれたのであるが、右交渉過程において、重機土木は右交渉を有利に進めるため、右工事に追加分が生じたときは原告にその追加工事を請負わすかも知れぬ旨表明したいきさつがあり、原告は右下請けによる利益が別途に期待できる事情等もあつて、原告は三六〇万円で同意したものである。
(四) そこで、原告と重機土木は右約定を書面にするため共同で覚書の文案を定め、昭和四〇年二月八日、当時重機土木の常務取締役で工事関係を担当していた松崎久夫が、立会人稲葉寅雄とともに取締役社長湯沢恵三良の押印を了した覚書四通を原告会社に持参し、原告の取締役社長趙客がこれに押印し、この覚書を後日の証拠として当事者双方および立会人が各一通ずつ所持することにしたものである。
(五) 重機土木は、右覚書に基づく金員を支払うため、昭和四〇年二月一八日、松崎久夫をして立会人稲葉寅雄とともに原告会社に赴かせ、同人は原告の代表者に直接手形二枚三六〇万円を支払い、原告は右手形と引換えに領収証を松崎久夫に交付した。
原告が重機土木から工事譲渡に関する談合金として金三六〇万円を収受した経違は以上に述べたとおりであつて、右金員は、原告が主張されるように、前渡金ないし仮受金の性質を有するものでないことは明らかである。原告は、右金員が原告の収益であることを認識しながら、法人税を免れるため、これを借入金として仮装経理し、そのうえ、これが借入金であることを装うために決算期末においてその利率も全く根拠のない日歩三銭の利息を未払金として架空計上したものである。原告のこれらの行為は、帳簿書類の取引の一部を仮装して記載したものであるというほかはなく、これは青色申告書の提出承認を取消しうる事実(法人税法一二七条一項三号)に該当するものであつて、被告が原告の青色申告書の提出承認を取消した上、右仮装経理を否認して三六〇万円を益金に加算し、未払金勘定に計上した支払利息一〇万二、二四〇円の損金算入を否認したことは正当であり、また原告が被告に提出した確定申告書に記載された法人税額は、原告が法人税の課税標準ならびに同税額の計算の基礎となるべき事実の一部を仮装したところに基づいて計算されたものであるから、右仮装された部分に対して重加算税を賦課した処分も適法である。
第四証拠
一、原告
甲第一ないし第一一号証、同第一二ないし第一四号証の各一ないし四を提出し、証人長島鳳信、同湯沢恵三良、同五十嵐健夫、同名取衛、同落合菊治(第二回)の各証言および原告代表者本人尋問の結果を援用し、乙第一号証中、押捺してある社印および社長印が原告の印によつて顕出されたものであることは認めるが、原告作成部分の成立は否認、その余の成立は不知、同第八号証、同第一〇号証の成立はいずれも不知、その余の乙号各証の成立はいずれも認めると述べた。
二、被告
乙第一ないし第一二号証を提出し、証人松崎久夫、同落合菊治(第一回)、同篠原一豊、同桜田巖、同湯沢恵三良の各証言を援用し、甲号各証の成立はいずれも認める(同第一一号証は原本の存在とも)と述べた。
当裁判所は職権で原告代表者本人尋問をした。
理由
一、原告会社が土木建築の設計ならびに施行請負等を業とする株式会社であり、その法人税の申告につき青色申告書提出の承認を受けていたところ、被告は昭和四一年一〇月二七日付をもつて法人税法一二七条一項三号に掲げる事実に該当することを理由に、被告の昭和三九年一〇月一日から昭和四〇年九月三〇日までの事業年度以降右承認を取り消す旨の処分をなしたこと、(請求原因第一項の事実)さらに被告は原告が提出した右事業年度分の法人税青色申告書を青色申告書以外の申告書とみなし、昭和四一年一〇月二八日付をもつて、右事業年度の所得金額を金五五九万六、六六七円と更正処分をなし、また金三九万九、〇〇〇円の重加算税の賦課処分をなしたこと(同第二項の事実)、原告がその主張のように右承認取り消し処分、更正処分および賦課処分に対して異議申立、審査請求を順次なしたが、いずれも棄却されたこと(同第四項の事実)はいずれも当事者間に争いがない。
二、そこでまず被告が原告に対してなした青色申告提出承認の取り消しの適否について判断する。
原本の存在ならびに成立につき争いのない甲第一一号証、成立に争いのない乙第二号証、同第七号証、同第九号証、同第一一号証、社印および社長印が原告の印によつて顕出されたものであることに争いなく、その余は証人湯沢恵三良の証言により真正に成立したものと認められる乙第一号証、証人落合菊治(第一回)の証言により真正に成立したものと認められる同第八号証、証人篠原一豊の証言により真正に成立したものと認められる同第一〇号証に、証人松崎久夫、同落合菊治(第一、二回)、同名取衛、同篠原一豊、同桜田巌、同湯沢恵三良の各証言を総合すると次の事実を認めることができる。
昭和三九年秋ころ日鋼産業は日本鋼管株式会社労働組合から横浜市港北区鴨居町に約四六、二八〇平方メートル(約一万四、〇〇〇坪)の宅地造成工事の依頼を受けたが日鋼産業は自らは施工にあたらないため、同年暮ころから銀行を通じて知り合つた原告と、右工事の下請につき話し合いをはじめたが、その約二カ月位後原告と同様に土木施工を営む重機土木が、取引先である平和相互銀行川崎支店を通じて日鋼産業との間に右工事の下請について交渉をはじめた。日鋼産業では原告と重機土木の企業内容等を調べた結果、重機土木は熊谷組の土木工事の全部を担当しており、原告に比較して経営が堅実であるものと判断し、翌昭和四〇年初めころには右宅地造成工事の施行は重機土木に下請として依頼することとし、そのころ原告には工事施行の話を断つたが、日鋼産業に下請契約について交渉を申し入れてきたのは原告のほうが早かつたことから日鋼産業としても原告に対して責任を感じていたが、原告が重機土木と一緒に工事にあたるのではないかとの考えもあつて、事後処置については、原告と重機土木との話し合いに委ねていたこと、右工事予算は水道工事を含めおよそ一億円であり原告としては右工事を施行できなくなることによつて見積つていた利益を得られなくなつて、ここに重機土木と右工事の施工方法等について話し合い善後策をはかることとし、昭和四〇年二月ころには原告代表者重機土木代表者間で再三話し合いが行われ、右工事をいずれが受註施行するものとするか等につき検討したが、結局同月八日重機土木が右工事を一括受註して施行することとし、その対償として原告に対し金三六〇万円を支払うとの条件で話し合いがつき、当時重機土木の常務取締役で工事関係を担当していた松崎久夫が、立会人の当時重機土木の非常勤役員であつた稲葉寅雄とともに重機土木取締役社長湯沢恵三良の印を押捺した覚書四通を原告会社に持参し、原告代表者松浦光助こと趙鏞客がこれに押印し、当事者双方および立会人が各自一通宛所持することとしたこと、重機土木は右覚書に基づき右松崎および稲葉として同月一八日重機土木振出にかかる満期日同年六月一五日および同年七月一五日とする金額二〇〇万円および一六〇万円の約束手形二通を持参のうえ、原告方におもむかせ、右手形の引渡しと引換えに原告代表者から原告名義の金三六〇万円の受領証の交付をうけたこと、右工事は同年一二月ころまでに重機土木の手によつてすべて完成し、原告は全く工事には携つていないこと、以上の事実が認められ、右認定に反する証人五十嵐健夫、同李鳳信の各証言および原告代表者本人尋問の結果(第一、二回)は措信し得ず、他に認定を覆すに足りる証拠はない。
右事実によれば、原告が重機土木から受領した金三六〇万円は原告が当初交渉していた日鋼産業との宅地造成工事の下請契約が日鋼産業と重機土木との間でなされるに至つたため、重機土木から原告に対して支払われたいわば談合金というべきものであつて、右金員は昭和三九年一〇月一日から昭和四〇年九月三〇日までの事業年度における収入益金であること明らかであり、その経緯に照らし原告は十分右金員が益金であることを認識していたものと断ぜざるを得ない。
三、原告は右金員は重機土木からの工事代金の前渡金ないし仮受金の性質を有するものであるが経理担当者の不手際から誤つて借入金として記帳処理したものである旨主張し、証人五十嵐健夫、同李鳳信の各証言および原告会社代表者本人尋問の結果(第一、二回)中には右主張にそう供述がみられるけれども、右供述は前掲各証拠に対比して措信し得ず、他に原告の右主張を認めるべき証拠はない。
とすると原告が重機土木から交付を受けた金三六〇万円が工事譲渡に関する談合金としての益金であり、原告において右事情を十分知悉しながら、これらを借入金として仮装経理し申告した原告の行為は、法人税法一二七条一項三号にいう「帳簿書類の取引の一部を仮装して記載したもの」であるというほかはなく、結局これは青色申告書の提出承認の取り消し事由に該るものであつて、被告がなした右取り消し処分は適法なものである。
したがつて、原告が計上した支払利息一〇万二、二四〇円についてもその元本債務たるべきものが前記のとおり益金である以上、原告のなした右金員の損金算入が否認されることも当然であつて、さらに右金三六〇万円および金一〇万二、二四〇円を対象として国税通則法六八条により重加算税を課した被告の処分も、適式な対象額に適式な税率をあてはめて算出したものであること明らかである。
そして過少申告加算税の対象となつた数額について原告は明らかに争わないから、被告のなした更正決定処分の前提となる原告の数額については、被告の認定は正当なものといわざるを得ない。
五、とすると原告の本訴請求はすべて理由がないものでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 柏木賢吉 裁判官 花田政道 裁判官 板垣範之)